上向きに加速しているエレベータが突然停止すると、相対的に重力が弱まるために、中にいる人は落下しているように感じる。その時、エレベータの回数表示が実際に9、8、7……、と速いスピードで下がっていると、本当に落ちているように感じる。というかマジ死ぬかもしれないと思った。
これはゴーグルなしで実現できるバーチャルリアリティだ。表示は現在の回数を示すデジタルの 2 桁の数字のみ。緊急連絡ボタンを押しても反応なし。ドイツのエレベータは「乗る前」に行き先の階を指定するタイプのものがあって、その場合内側から止まる階を指定できない。つまり入出力デバイスは数字以外に存在しない。この状況でバーチャルな「落下」が数回繰り替えされた。
人はこのたった 1 桁か 2 桁の数字を見て、落下するエレベータとその中にいる自分、さらに数秒後に訪れるかもしれない悲劇を心に描き、強い危機感と絶望を感じる。10 人近い同乗者が同時に同じ幻想を見たことになる。
実際に起こっていたことは、エレベータのベルトが機械的に損傷していて、上昇の途中で何度か緊急停止したというだけらしい。この時、階数の数字は通常のスピードで増加し、緊急停止後につじつまを合わせるために慌てて減少する。階数表示の数字は必ずしもエレベータの現在位置を表しておらず、エレベータが一定のスピードで動いているかの様に演出されている。したがって、上向きの加速中はまだ最高速度に達していないために、数字は実際にいる階よりも高い場所をさすことになる。
あとから冷静に考えてみれば、もし本当に数階分落下したのなら、バスの急停車とかよりも大きな衝撃を感じるはずだ。でも実際にはみんな普通に立っていられた。ただ、ほんの少しの重力の変化を敏感に感じ取って、目の前の数字と組み合わせて直感が作り出されたということらしい。無機的なデジタルの数字が自分の脳の奥深くにこれほどまでにインパクトを与えることに驚いた。